通過儀礼

 今年の元旦は河口湖の温泉宿で迎えた。
最初はのほほ~んとしたムードでいたが、元旦の朝、地元民で幹事の男の「ドドンパ乗ろうぜ~ の一言で絶叫マシン苦手男二人の顔色がみるみると青ざめた。
そのうち一人が杉蔵である。

 杉蔵のチキンさには定評がある。鈴鹿のコースター「ブラックアウト」に乗った時には冗談抜きで顔が青ざめ、一緒にいたヤツいわく、うめき声をあげていたらしい。ひょっとしたら、これがトラウマになっていたのかも知れない。あれ以上のものに乗せられたら俺は死ぬんじゃないかという恐怖がひそかにあった。他人から見たらこれほどいじりがいのある男も少ないが、本人にとっては大真面目である。

 我々二人は必死の抵抗を試みるが、民主主義のルールには逆らえない。周りに押し切られる形で富士急ハイランドの門をくぐってみると・・・見るからに恐ろしげなアトラクションがてんこもり・・・
えーと・・・今時の家族連れは、本当にこんなとこに遊びに来るんですか?

 一発目、ウォーミングアップを兼ねて、レッドタワーなるものに乗った。タワーをまっすぐに登って落ちるヤツだ。自分のマイナスGへの弱さは知っていたが・・・。真面目に心臓を吐き出しそうだ。全身の筋肉に力を入れ、ひたすらに耐えた。意識して呼吸してないと、呼吸するのも忘れそうだ。

 二発目、パニッククロックなる時計。やたらとかわいい外観だが、時計の針に括りつけられてグルングルン回されるのである。さしづめ、笑って人を刺す殺人鬼といったところか・・・。例によってうめき声をあげ、杉蔵は格好のネタになった。ドドンパ? フジヤマ? いや、ムリムリムリムリ・・・ショック死しかねないって。

 周りを見渡すと、かわいい絵などで飾られてはいるが、どう見ても恐ろしげなアトラクションがひしめいている。そして、みんな、ヤル気マンマンである。人生初めての失神体験、あるいは突然の人生の終わりが目の前に迫っていると感じた・・・。

 その後は、他のアトラクションで時間を稼いだ。そうこうしている間に日も傾き、なんとか、そのまま帰れると思った時、最後の試練が待っていた・・・。
杉蔵を含めたコースター苦手男二人が脱走を試みた。しかし、追っ手がやってきて、フジヤマとドドンパの二択を迫られる二人・・・

 しぶしぶ、ドドンパの乗場に向かうと、「ドンドンパッ」という楽しげな太鼓の音が響いている。垂れ幕には、「舞浜にはないものがここにはある ~ネズミーランド職員」とか書いてある。そりゃそうだ。普通のコースターは80km/h~100km/h台前半である。172km/hって、あなた・・・速度が二倍になると運動エネルギーは四倍になるって物理で習ったでしょ・・・死ぬって!
もうすぐ、自分の心臓を吐き出して、この目で見て死んだ人間として、天に召される・・・半分真面目にそう考えた。

 シートに座った時、隣に乗ったもひょいがアドバイスをくれた。「騙されたと思ってリラックスしてみ!」
数十秒後、富士急の巧妙な罠にやられ、覚悟をする=力むタイミングを失い、キョトンとしている間に172km/hの世界に放り出された杉蔵がいた。が、確かに力んでいるよりも楽だったのは確かだ。
これ、慣れれば気持ちいい乗り物かも・・・ちょっとだけそう思えた。

 所詮、本来は楽しむ為の乗り物である。当たり前の話だが、心臓を吐き出すようなことはあり得ない。
しかし、チキン杉蔵が死に匹敵する恐怖と戦ったのは確かである。お世辞にも「自分に勝った」などとは言えないが、乗り越えたのは確かだ。これに比べてみれば、性格のキツいお客さんなんかは屁みたいなものだ。
そう考えると、ちょっと自信がついた。なにげにいい元旦だったかも。

 まぁ、チキン杉蔵がこんな葛藤と戦いを繰り広げている横で、知らないお姉ちゃんたちが「気持ち良かった~ また乗りたいね~ などと言っていたのは内緒の話だ。